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コラム

9月12日は水路記念日

2020年9月12日

1871(明治4)年の今日(9月12日=旧暦の7月28日)、明治政府内の兵部省海軍部に水路局(海上保安庁水路部の前身)が設置されました。 このことにちなんで、運輸省水路部(後の海上保安庁水路部、現・海洋情報部)が1947(昭和22)年に9月12日を「水路記念日」に制定しました。

海軍部水路局は明治の近代化政策のなかでも緊急課題であった日本沿岸の安全を図るための海図作りを使命としており、初代局長には勝海舟らとともに長崎海軍伝習所においてオランダ式の航海・測量術を学んだ津藩出身の柳楢悦が就任しました。 そして、東京築地の海軍兵学寮(後の海軍兵学校)の一室で、現在の水路業務の基礎がスタートし、日本人による近代的な海図作りが精力的に開始されました。

海図とは、水路図誌の一種で航海のためにつくられた主題図。航海のために必要な水路の状況、すなわち水深、底質、海岸地形、海底危険物、航路標識などが、正確に見やすく表現されています。 そして、一定規模以上の船舶には、海図を備え付けることが義務づけられています。

海図の歴史についてですが、現代の海図は、中国から羅針盤が導入された13世紀のヨーロッパで発達しました。そして最も古い海図は、13世紀中頃に地中海一帯で用いられた「ポルトラノ海図」といわれる図で、図示された羅針盤(コンパスローズ)から多数の方位線が引かれています。

その後、15世紀以降の大航海時代には、航路の開拓とともに水深も徐々に記入されるようになり、1569年、オランダの地理学者・メルカトルが、経線と緯線を格子状に書き込むメルカトル図法を考案し、以後の海図にはメルカトル図法が用いられるようになりました。

ちなみに、わが国における海図の第1号は岩手県の宮古湾と釜石湾を測量した「陸中国釜石港之図」で、1872(明治5)年9月(旧暦8月)に完成しています。


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